2017年11月2日 体育大学に求められる社会的意義
研究と指導現場をつなぐ優れた人材を育成する


下河内 洋平  教授


下河内 洋平  教授

自身の専門的な研究内容をトレーニングの場で実際に活用し、さらにそこからデータを得て、研究を深めるという、まさに大体大DASHが目指す「研究とフィールドの融合と相乗効果」を体現している下河内洋平教授。トレーニング指導を受ける本学女子ハンドボール部の輝かしい実績に、その効果が裏打ちされています。研究と現場、両方のプロフェッショナルを育成するビジョンを聞きました。

女子ハンドボール部の快進撃を支えるスポーツ科学

小学生の頃に体操を始め、中学校3年生の時に全日本ジュニアの大会で個人総合優勝をしました。その後怪我に苦しみ、高校、大学と大きな挫折を味わったのですが、それが「怪我を防ぐのにはどうしたらいいのかと」とスポーツ医学やトレーナーの仕事を勉強するきっかけとなったのです。

出身校の日本大学大学院でスポーツ科学を学んでいるとき、長野オリンピックのクロスカントリーチームに帯同して試合中のデータを取り、選手にフィードバックする仕事を経験する機会がありました。そこでこの仕事の魅力を感じると同時に、スポーツ科学と現場の間には大きな溝があることを実感しました。それを埋めるためには自分が現場に入って選手を直接現場指導するための能力と、科学的な研究を行える能力の2つが必要だと感じ、アスレティックトレーナーの免許とスポーツ医・科学の博士号を取るために渡米。2003年にアスレティックトレーナーの国家資格を、2006年に博士号を取得しました。その後、2007年まで1億円の研究プロジェクトのPostdoctoral Research Associateとして働いた後に帰国し、2007年9月から大阪体育大学で教員として勤務しています。

私の研究テーマは前十字靭帯損傷のメカニズムとその予防。それに興味を持ってくれた女子ハンドボール部の楠本繁生監督と意気投合し、2012年からトレーニングコーチとして部のインカレ準優勝と、その後のインカレ4連覇を支えてきました。

他にも体操部にトレーニング指導を行い、筋力強化と怪我の予防に関するサポートをしています。

研究と実践の往還を実現するポジション

一口にトレーニングといっても、その目的や方法は競技によってさまざまです。例えば体操競技の選手は、体幹や肩回り、肩甲骨など体の根元部分は非常に強いのですが、負荷がかかりにくい下半身や背中といった箇所は比較的弱い。そこでウエイトトレーニングにより、その部分の強化に特化したトレーニング方法を、本学体操部に対しても必要に応じ提供しています。

一方ハンドボールの場合は、基本的な走・投・跳の能力に加え、横方向の素早い移動能力、方向転換能力、急激な停止または着地をする能力、空中などでのアクロバティックな動作を行う能力、さらには持久力など、様々な能力が必要とされます。

その中で、特にパフォーマンスや怪我の発生に関わるのは、急激な方向転換や着地、ストップ動作などの急激な減速動作です。怪我の予防やパフォーマンス向上のトレーニングにおいては、特にこの方向転換能力や急激な減速動作を、効率的に、しかも安全に素早く行える身体能力や技術を身につける必要があります。そのためのより合理的なトレーニング方法の開発や、各選手の身体能力の評価、または危険因子の抽出などにおいて、動作解析システムやその他の測定ツールなどによる、詳細で定期的な選手の評価は非常に有用です。なぜなら、このような科学的測定ツールを用いて、選手の動作や能力を定量化することで、初めて見えてくるものもあるからです。そこからまた新たな発見やトレーニングの反省点が見つかり、次のトレーニング指導の改善につながります。何より、選手の動作や能力の定量化は、選手自身が自分の動きを理解するための最高の教材となりますので、選手のモチベーション向上や、悪い動作パターンの改善などにもつながります。

さらに、トレーニングの現場からは、様々な現象が観察されますので、そこから新たな仮説が生じ、それが実験室で行う基礎研究のテーマにつながることもあります。基礎研究から導き出された知見は、仮説を構築する材料となりますので、それがまた次の研究につながりますし、現場のトレーニング指導の改善やプログラム構築のアイデアのもとにもなります。

これを繰り返していくとトレーニングプログラムや指導の合理化が図られ、科学も発展し、現場にも還元され、それが教育にも生かされていく。つまり大体大DASHの目的の一つである「アスリートが活動する現場と研究室を有機的につなぎ、大きな相乗効果を上げる」ということを実践する作業に他ならないのです。

研究とフィールドの両方が揃う体育大学の優位性

私のように、現場に深く入り込んで研究をしている人間はまだ少ないですし、現場のトレーニング指導者も、理論を自分なりにしっかりと理解し、しかも自分自身でデータを測定して科学的に分析しながら指導を実践している人は少ないのが現状。指導者が、実際の指導現場で科学的に測定、分析、考察をし、そのうえで実践も重ねていくというサイクルを作らなければ、本当の「科学的トレーニング」は指導現場に定着しないと思っています。

こうすることで、筋力や技術力の向上を図るという観点だけでなく、アスリートの怪我をどう防ぐかというスポーツ傷害予防の観点もより進化する。さらには科学的検証を行い、知見を積み重ねることにより、「今このトレーニングを頑張ることがなぜ必要か」という理論付けが可能になります。科学は我々がプログラムを構築する際のアイデアのもととなるツールなのですが、選手のトレーニングに対する理解とモチベーションを上げさせるための非常に良いツールでもあるのです。

本学は体育専門大学ですから、研究と実践両方のフィールドが揃っています。しっかりと学び、多くの実践を積んだ人材が学内に広がったり、浪商学園の中・高の現場に派遣されたりしながら、時には壁にぶつかりながらも自分がテーマとする研究の理解を深めていく。人は、何かしらの形で経験したことしか実感として理解できませんので、実践する場と学問を学ぶ場の両方がある本学は、学生たちが様々な知識やそれを応用する術を身につけるには最高の大学だと思っています。大体大DASHというプロジェクトを通して、そんな教育システムをつくっていければいいなと考えています。

自分で考え応用できる実践者を輩出したい

私自身の今後の研究者としての目標は、スポーツにおける怪我の発生メカニズムやその予防、また、身体動きのメカニズムをできるだけ明らかにしていくことです。まだまだわからないこと、調べきれていないことが沢山あります。現場指導だけをしていても、分からないことが分からないままで終わることが多く確信を持てないまま指導し続けることになりますし、実験室で研究だけ行っていても、自己満足の「机上の空論」になる恐れがあります。これからも現場と研究、両方の経験を積み重ねていこうと思いますし、こうすることが、疑問に対する答えを見つける一番の近道ですし、一番面白い研究・実践活動の方法だと思っています。

スポーツ科学に限らず、科学はすべてそうだと思いますが、自分で体験していないことは完全に理解することができません。私のゼミは今年から、机に座っての座学は最初のうちはやめて、トレーニングルームで体を動かしながら感じたことを科学的に分析し、考察するというスタイルで行っています。

これは実際の現場で求められる、知識を自分なりに噛み砕いて、どう応用するかを考える力を身につけるためのトレーニングでもあります。大学は知識ではなく、教養を学ぶところ。先生が教えたことや教科書から得た知識をそのまま鵜呑みにするのではなく、それらの知識を自分なりに理解し、つなぎ合わせ、自分独自の仮説を構築するというような、理論的な思考能力を身につける場なのです。

大体大DASHにおける私の役割は、科学を自分のものとして利用できる実践者や指導者を数多く育てること。私だけが自分でデータを取って検証を行い、そこから得られた知見を現場の人に還元するという方法は、科学的と現場の橋渡しを行うという点では効率が悪いと思います。なぜなら、私が指導している一部の人にしか科学的知見が還元出来ないからです。これができる人をできる限り数多く育てることが、科学と現場を繋げる近道だと思いますし、大体大DASHが構築するべき実践と研究を繋げる教育システムだと思います。

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