2018年11月30日

Inspire Sports社、リャン社長に聞く

体操を通じた人材育成の可能性

中国、カナダで子供向けの体操スクールを運営し、急速に成長しているInspire Sports社のリャン・チェン氏(Liang Cheng)は、本学男子体操競技部の監督である藤原敏行准教授がカナダへの留学中、地元の体操クラブにおいて共にコーチをしていた人物である。そのリャン氏が、10月に「上海市体操運動センター」と本学の体操競技部が合同練習を行う際のコーディネーターとして来校。自身の会社・Inspire Sports社が実践する、体操を通じた人材育成の取り組みや、将来的な本学とのコラボレーションの可能性について、藤原准教授と意見交換を行いました。

体操トレーニングを通じた、
運動の基礎能力を開発

Inspire Sportsリャン・チェン(Liang Cheng)社長

藤原准教授:私は大阪体育大学大学院でスポーツ科学を学んだ後、英語圏で博士の学位を取得するために留学することを決意したのですが、その頃すでに体操コーチとして活動しており、留学中にも高いレベルの競技現場に身を置いて、コーチングの感覚を磨き続ける必要性を感じていました。競技指導とスポーツ科学研究の両立ができる留学先を探すのに苦労する中、入学の可能性を示してくださったPierre Gervais教授がおられるアルバータ大学は、カナダのエドモントンという街にあり、そこは国際的にも有名な選手がいるところでしたので、留学に挑戦する決意をしました。幸い、Gervais教授のご子息が通われていた体操クラブが、まさにその有名な選手が在籍するクラブで、そこでヘッドコーチをされていたリャンさんと出会い、留学中にも競技指導に携わる機会を得ることができました。

リャン社長:カナダで藤原先生と出会い、今もこうして良い関係を続けられているのは、私にとっても幸運なことです。
私は体操選手としてのキャリアを終えた後、カナダでコーチングをスタートしました。それまではコーチングの経験がなかったので、中国のコーチングの慣習や癖を持たない状態でカナダのシステムを学ぶことができたのは、かえってよかったのかもしれません。結果的に私は中国と欧米の体操選手育成システムを、両方とも修得することができたのですから。
2008年の北京オリンピックでは、中国チームが数多くの金メダルを獲得しました。当時私はカナダでナショナルコーチをしていて、中国の活躍を外から目にしたのですが、そのとき、コーチとしての自分は次に何をすべきか、いろいろ思いを巡らせました。そこで行き着いたのが、あらゆるスポーツの基盤となりえる、体操という運動種目の価値を具現化するジムを開設するというプランだったのです。東洋と西洋両方の体操コーチングノウハウを持つ自分が、世界で一番人口が多い中国で新しいことを始めることに意義があると感じました。
私は弟とともにこの事業を行うため、2012年にカナダ、中国、香港で『Inspire Sports』という会社を設立し、2013年に中国・常州市で最初のジムをオープンしました。現在までカナダと中国に14のジムを運営しています。

藤原准教授:会社設立以降、急速に事業を拡大していますよね。Inspire Sportsのコンセプトは、どのようなものなのでしょうか。

リャン社長:基本的には、体操をあらゆる運動の基盤と捉え、フィジカル・リテラシー(Physical Literacy:身体運動基盤)を身につけさせるためのプログラムを、3歳から8歳の子供を中心に提供しています。KPL(Kids Physical Literacy)と名付けたこの概念は、基本的には私が学んだこと、経験したことを基に構築されており、それが中国のニーズにフィットしたことで現在の成功につながっているのだと思います。

藤原准教授:KPLプログラムについて、少し具体的に説明していただけますか。

リャン社長:3歳から8歳のいわゆるファンデーション・ステージ(Foundation Stage:運動基盤形成期)と呼ばれる時期にある子供たちに、先進のスポーツ指導のメソッドと適切な運動設備を用いて、フィジカル・リテラシーを向上させることを目的に、FMP(Fundamental Movements Patterns:基盤運動パターン)とMCP(Movement Competence Performance:表出運動能力)という2つの枠組みから構成されたトレーニングを基本に行う身体的・精神的発育を促すプログラムです。例えば、FMPにはランディング(Landing:着地)、スイング(Swing:振動)、ローテーション(Rotation:回転)などの運動が、MCPには、アジリティ(Agility:敏捷性)、バランス(Balance:平衡性)、コーディネーション(Coordination:協調性)等の能力が含まれており、それらを基にした体操のトレーニングを通じて、運動能力のみならず、社会性や認知力、情緒などの発育を促すメソッドになっています。

スポーツを通じた国際交流の有益性

リャン社長:私の会社Inspire Sportsは、体操ジムの経営以外にも、スポーツに関するさまざまな事業を手がけています。競技会や子供向けトレーニングキャンプの企画・運営、さらにはジムをサポートするシステムや保護者向けのアプリ、計測・分析システムの開発、ITやAIの技術を駆使した「スマートジム」の運営、体操やその他のスポーツに関するマーケティング、コーチングを含めた教育プログラムの開発など、若い社員を中心として、情熱を持って常に新しいことにチャレンジしようとしています。将来的には、「子供向けの運動教育といえばInspire Sports」と誰もが思い浮かべるような、世界的な企業に成長したいと考えています。

藤原准教授:貴社のKPLプログラムを普及させることで、リャン社長は社会に対し、どのように貢献しようと考えていますか。

リャン社長:体操選手育成のみならず、KPLの概念はあらゆるスポーツ選手を目指す子供たちにとって重要です。アジリティ、バランス、コーディネーションを養い、走る、跳ぶ、着地するといった運動能力の基礎を築くのは、サッカーやテニス、卓球といった、あらゆるスポーツにおいて、専門トレーニングを始める以前の段階で必要なことです。その意味で、私たちのジムはいかなる競技種目の子供向けプログラムとも競合するものではなく、むしろ他の競技種目界に対して将来の人材を育成、提供しうるものだと思っています。
また教育という観点からいうと、学校で数学、語学などを学ぶのと同様に、正しい走り方、安全な着地の仕方、体の鍛え方という体育の要素は、すべての子供たちが身につけるべきことです。私たちはその分野においても、KPLプログラムを活用できるだろうと考えています。

藤原准教授:大阪体育大学にも、今から約30年前に開設した「トップスポーツクラブ」という子供向けの体操教室があり、競技向けのコースの他に一般向けのコースを設置しています。そこでは「Fine Lifeを目指して、Fun(楽しさ)、Fundamental(基本運動能力)、Fitness(体力づくり)を実践する」という理念を掲げて活動しています。これはやはりカナダのプログラムから通じる考え方であり、リャン社長のInspire Sportsで行なっていることと軌を一にしています。すべてのスポーツで基礎となる運動能力を、体操ジムで養うという取り組みは、ここ大阪でも行なってきたわけです。ですから私たちは、同じ方向を向いて事業を展開していると考えられますね。

リャン社長:なるほど、その通りですね。

藤原准教授:トップスポーツクラブには30年という経験がありますが、Inspire Sportsは、驚くべきスピードで事業を拡大しています。私たちもそれに倣い、もっと型にはまらない考え方をもって、今後進んでいくべきなのかもしれません。例えば今は子供向けに展開している内容を、お年寄り向けにアレンジしたらどうか、などですね。お年寄りは転倒してしまうと、簡単に怪我につながり、それが原因で運動が不足して、やがて筋肉も衰えてしまうという悪循環に陥ることがあります。体操教室のようにマット類が豊富な設備が整った環境で、お年寄りが転倒予防にも繋がるような運動をすることは、より安全にかつ効果的に基礎的な運動能力の維持・向上に貢献できるかもしれない。これは子供だけはなく、健康な社会を世界的に築くという大きな目的において、私たちが協力して取り組む可能性があることだと思います。

リャン社長:お互いの取り組みから学べることは多いですね。

藤原准教授:さらには、体操という種目を通じて人と出会い、語学や文化を学ぶという点についても、共感できることがたくさんあります。例えば、上海市体操運動センターが来校した際には、お互い言葉が不自由であるにも関わらず、本学の体操競技部の学生と上海からの選手が非常に楽しそうに交流を図っていました。このように、体操という共通の運動経験から、新たな出会いのきっかけを得てコミュニケーションをとり、異なる語学や文化に触れる要素も、教育ではとても価値あるものだと思います。

リャン社長:それはまさに私たちが事業の一つとしているトレーニングキャンプやイベントを通して行なっていることでもあるのです。フェイス・トゥ・フェイスの交流により生まれる化学反応は、どんなにコンピュータ技術が発達したとしてもお互いの考えや文化を理解し合ううえで必要なことであり、グローバル化により世界がどんどん小さくなっていく時代だからこそ重要になってきます。

藤原准教授:今朝のことなのですが、ある女子学生が上海のジュニア体操選手に使ってもらいたいと、自分が昔使っていたレオタードを持ってきました。私が頼んだことではなく、彼女が自発的に行なった行為で、これこそが体操を通じた文化交流の良い例だと思います。

リャン社長:私にもそんな経験があります。以前中国の体操チームを大阪体育大学に連れてきた際、こちらの学生が体育館に出入りするときにお辞儀をするのを見て、それを見習い中国に戻ってからも同じことをするようになりました。また同じく以前連れてきたカナダの選手たちは、大阪体育大学の選手が練習前に自分たちで体育館の掃除をする様子を見て、そのシステムを持ち帰り、帰国後は自らジムの掃除をするようになりました。これも自分たちには無かった異国の良い文化・習慣を学んだという例ですよね。

「スポーツ教育で、社会に貢献する」ということ

藤原敏行准教授

藤原准教授:以前リャンさんは、コーチの質を高めるプログラムについて話していました。もっと広い観点から、コーチのみならず、すべての人材の質を上げるという目的において、私たちはどのようなことで協力し合えると思いますか。

リャン社長:自分たちは子供たちを教育する側の人間というだけでなく、子供たちから学ぶ側でもあるということを大切に考えています。いつもコーチたちに話していることですが、自分たちは子供と立場が違うだけで、人間としては平等な存在です。子供たちを教育したいと考えるのであれば、子供たちを知り、彼らから学ばなければなりません。子供たちを私たちの教育に当てはめるのではなく、お互いが尊重し合い、考えを交換することが大切です。良い教育者になるには、年長者であれ年少者であれ、相手を尊重するという姿勢を持つべきだと思います。そんな考えをもって協力していけたらいいですね。
具体的には、今回の上海市体操運動センターの来日のように、体操に関する合同トレーニングはすでに始まっていて、そこで文化交流も生まれています。今後は逆に、藤原先生が学生たちを連れて中国やカナダの私のジムに来てもらってもいいですし、共同で競技会を開催してもいい。一緒に何ができるかを協議する場を設けて、そこでお互いの考えを出し合うことが大切です。私の会社と大阪体育大学との結婚のようなものですよね(笑)。私自身もまだまだたくさんのアイデアがあります。いろいろな考えを持ち寄って話し合い、お互いの距離を縮めていけたらいいと思います。

藤原准教授:私もコラボレーションとして何がベストな形なのか、まだ考慮中ではあります。ただリャン社長の会社は我々よりも先進的なことを行っていますので、そこからいろいろと学べたらいいと思っています。例えばInspire Sportsのジムで行なっている、英語で体操を学ぶというプログラムなどは、日本でもとてもニーズがあるものだと思いますし、Inspire Sportsで開発した保護者向けのアプリなどは、非常に興味深い事業だと思います。
一方で大阪体育大学(浪商学園)には日本で培った30年という体操教室の運営経験がありますので、リャンさんの会社の将来に役立つことを提供することができるでしょう。もはやスポーツ教育は、選手に厳しい鍛錬を強いるという時代ではありません。もっと選手が自発的に、そして効果的なトレーニングをするには、どんなサポートができるか。お互いに先進的なアイデアを交換し合えたらいいですね。