2018年2月20日

ハンドボール女子5連覇を支える、
科学的知見と現場を往還するという「秘策」

下河内洋平教授の研究による高効率&ケガ防止のトレーニング

今年11月、いしかわ総合スポーツセンター(石川県金沢市)で開催された「高松宮記念杯男子第60回・女子第53回平成29年度全日本学生ハンドボール選手権大会」(以下、インカレ)において、女子ハンドボール部は50年連続50回目の出場。5年連続の優勝を果たし、王者の座を守りました。その強さの裏側には、監督である楠本繁生教授の熱血指導はもちろん、研究の力で選手達をトレーニングしている下河内洋平教授の知見と地道なサポート活動がありました。

「女子ハンドボール部がなぜ強いか」、
その答えは意外にもシンプルだった

高松宮記念杯男子第60回・女子第53回平成29年度全日本学生ハンドボール選手権大会」5連覇が決定した瞬間

2017年のインカレ、ハンドボール女子決勝戦が行われた会場は、満員に近い多くの応援団と観客で埋め尽くされていました。4年連続で勝利を手にしている大体大に挑むのは、同じく関西勢・大阪教育大学。

試合前練習では、多くのチームがスタメンを中心に練習を行っているのに対し、大体大はすべてのメンバーが揃ってウォーミングアップをします。直前には監督を囲み最後の指示を受けると、コーチとして客席から見守る下河内先生の前でも真摯な表情でアドバイスを受け止めます。さらには学長の激励にも一礼。試合に臨む姿勢にもチーム総合力を物語る手がかりを感じずにはいられません。

大体大は試合開始直後から攻めの姿勢で臨み早々に2点をリードします。攻防入り乱れるスピード感ある激しい展開を演出し、大体大ペースでの試合運び。6分半に同点に追いつかれるも、決して勝ち越し点を許さず、20分にはダブルスコアをつける順調な立ち上がりをみせます。

前半を13対9という危なげない得点差で折り返すと、後半もその攻撃の手を緩めることはありません。最終的に23対18で悲願の5連覇をつかみ取りました。

この大会を振り返ってみて、終始大体大は強さの「差」を見せつけていました。後半の動きも疲労を感じさせない俊敏な動きは、日々のトレーニングの賜。その強さとは何なのかを、下河内先生はこう評価します。

「一番重要なポイントは、楠本先生もそうだし僕も。選手達を常に本気でやらせること」

当然といえば当然の回答。しかしここには奥深い、下河内哲学が隠されているのです。その言葉の意味を紐解いていきます。

研究で得た情報を現場へ。
それができなければ意味がない

研究者から現場指導者へとシーンを切り替え、さまざまな角度から分析。研究〜実践という好循環へとつなげる

下河内先生がスポーツ専門の科学者をめざしたきっかけは、日本大学大学院在校時。いや、その布石は高校生からはじまっていました。

小学校3年生の時、下河内先生は、オリンピック体操の金メダリストで「ムーンサルト」を編み出した塚原光男氏が率いるクラブに入り体操をはじめます。その才能はすぐに開花し、中学校3年生では全日本で優勝するほどの選手へと成長しました。

しかし、高校1年時から病で急激に左眼の視力が低下し、激痛で眼が開けられなくなるような状態が3年間頻繁に生じました。高校3年時には、あまりの左眼の状態の悪さから、約3ヶ月間ほども寝たきりの状態が続き、体操競技を辞めることも考えました。やりたくてもやれる自信がない--そう逡巡する中、当時体操競技の名門であった日本大学で体操競技を続けることを決断。一大決心で望み体操競技を続けるも、今度は腰椎骨折などのケガにも泣かされます。結局、選手としてインカレ出場はかないませんでした。その悔しさがきっかけとなり「どうしたらアスリートのケガを防げるか」と問題について興味を抱くようになります。

その思いは大学院進学へと継承。大学院でも体操競技を続けながらスポーツ科学を本格的に勉強していたある日、長野オリンピックのクロスカントリースキーの科学サポート班の一員として試合現場へ行くことになりました。

長野オリンピックでは、実際にクロスカントリーの試合会場に早朝の暗いうちから入り、試合中の選手達の動作やタイム測定を、さまざまなコースのポイントで測定しました。試合中に記録したデータを徹夜でその日のうちに分析し、翌日には日本チームのコーチや選手たちにフィードバックするという作業を行いました。下河内先生は、ここに大きなヒントを得たと語っています。

この体験を機に、現場に入るための手段を模索します。そこで1999年にアスレティックトレーナーの資格をとるためすぐさま渡米。アスレティックトレーナーの国家資格とともに、2006年にはノースカロライナ大学グリーンスボロ校にて博士号を取得しました。

大体大に入ったのは2007年。その後、女子ハンドボール部の楠本繁生監督と出会い、2012年より、最初は「介入研究」という形で女子ハンドボール部のトレーニング指導を行います。介入研究であれば、研究者として女子ハンドボール選手と関わりながら、指導実践も行えると考えたからです。しかし、真剣に練習やトレーニングに打ち込む女子ハンドボール選手と関わっているうちに、「スポーツ科学の研究者として選手に関わる」という考えから、「選手達により良い指導を行うために、自分は研究を行っていくべきだ」という考えに変化していきました。そして、2014年から正式に女子ハンドボール部のコーチとなります。下河内先生があくまでも現場にこだわり、活きた科学をアスリートに伝達、そしてそこで得た情報をまた研究室に戻している循環こそ、大体大女子ハンドボール部の強さにつながっているのです。

科学は選手のモチベーション。
理解させる最高のツール

効率的かつケガにならないためのトレーニングを提案し、実際に練習風景にも足を運ぶ

インカレ5連覇を達成してから2週間後。女子ハンドボール部のトレーニングの様子を覗いてみました。そこには、下河内先生の姿がありました。

スポーツ科学者でありつつ、アスレティックトレーナーである下河内先生。時にトレーニングの仕方を模範して見せるなど、アスリート目線の指導が選手たちにしっかり届きます。

「最近気になっていたのが助走からのジャンプ。みんな怖がっているのか助走スピードが遅いです。助走スピードに勢いがあり、踏み切り時にしっかりと踏み切り足で止める動作ができると、体幹の慣性によって股関節の屈曲が強制され、大殿筋やハムストリングスのバネや膝のバネが使えます。なので助走スピードは大事。怖がらないでやってみましょう。できる人はなるべく高さに挑戦して欲しいです」

下河内先生は、科学者でありアスレティックトレーナーであることに加え、体操でハイパフォーマンスを経験してきたアスリートでもあります。このハンドボールという競技には、体操のような身体のコントロール能力が大きく影響してくるとも言います。ある選手の動きに関して解説してくれました。

「今の動きとてもきれいだったの、見ていただけましたか? トリプルフリクションっていう形で、股関節も膝も、バランスよく曲がった状態でやわらかく着地していたんです。これが一番安全な衝撃吸収のポーズ。膝のケガの予防にもなりますし、バランストレーニングにもなるんです」

トレーニングの仕方だけでなく、その理由と効果までを端的に言語化して伝えていく。そうすることで選手達は「どんな練習を」「どういう形で」「なんのために」やっているのかを理解していきます。

それは、単に科学で得た情報を論文のように発表しているのとは違い、自身も経験のある活きた言語として伝わっていることが、他大学にはない優位な点であると感じます。

「ハンドボールは空中戦も多い競技。アクロバティックな動きもかなり多くでてきますので、体操的なトレーニングをやっておくと、動き方が変わってきます。体操選手的な身体コントロール能力と投擲選手のような筋力や瞬発力。そこを意識してトレーニングしていきます」

下河内先生はこう言い切ります。「科学は選手の理解とモチベーションを上げるためにある」と。自身がなんのために行っているのか、なぜできないのかを考えさせることが大事であり、それを理解させるためのツールであると結論づけます。

科学×トレーナー×アスリート。この三拍子を兼ね備えたコーチが居たからこそ、女子ハンドボール部はなるべくして5連覇を成し遂げられたのでしょう。

現場は研究材料の宝庫。
たくさんのアイデアが潜んでいる

机上の研究では得られない生きたデータこそ、また新しい研究課題につながる

「つい先週、思いついたトレーニング方法があるんです」

こう切り出し、ある選手を指さした下河内先生。「あの子は椎間板ヘルニアを患っているんですが、腹筋を鍛えたいけど、普通の腹筋運動では腰が痛いといっていました。背中が丸くなるからです。しかしそれは逆に悪化させてしまう体勢。でも体幹を鍛えなきゃと腹筋をやるのですが、それも腰が痛いといってトレーニングになりません。『腹筋をするなら、背中をまっすぐな状態でやってごらん』とアドバイスしたところ的中。『痛くなくできます』と言うのです。自分でもやってみたところ、これがかなり負荷もかかるし、むしろ『使えるな』ということで、早速トレーニングメニューに取り入れました」

指導をしながらデータを取る。そのデータこそが“自分の”経験になる。下河内先生は、現場にこそアイデアがあり、それにより研究が生まれ、プログラムの仕方が変わると力説します。この良いサイクルが作れるか作れないかが、ハイパフォーマンスのできるアスリートや強いチームへとつながっていくというのです。だからこそアスリートに的確な方法論を教えることができる。これこそがまさに「教育」でもあるのです。

「体育大学として実践者を育てるのであれば、人の体を科学的根拠にもとづいてトレーニングすることが大事。アスリートが壁にぶち当たるのも、これはひとつの教育なんです。アスリート達を、スポーツ医・科学的な知識で鍛えられたら最強ですよね」

下河内先生は、それを実践している今。女子ハンドボール部は「結果」として最強を証明しているのです。

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