2017年10月4日

五輪4連覇!伊調馨選手が語る
トップアスリートの本音と願い

夢へダッシュ!
少年少女・女性アスリート応援プログラム

女子レスリングで五輪4連覇を達成した伊調馨選手(ALSOK)が、2日(土)・3日(日)と2日間に亘り大体大入りし、「シンポジウム」と「レスリング体験会&強化練習会」を行いました。

本学は15年に開学50周年を迎え「大体大ビジョン2024」を策定。そこで掲げた「内外トップアスリートと連携した地域スポーツ振興の推進」の一環として伊調選手を招き、レスリングの裾野拡大や強化を目的に『夢へダッシュ! 少年少女・女性アスリート応援プログラム』を開催しました。

初日のシンポジウムでは「女性アスリート心理サポートコンソーシアム構築に向けて」がテーマ。自身の経験談や女性アスリートが抱える悩みに触れ思いを吐露しました。翌3日には地元の小学生約260名を招いて実技指導。前半の体験会では笑いも交えながらの楽しい時間を過ごし、後半の強化練習会では真剣な面持ちで子ども達に向き合う姿が印象的でした。

アテネ五輪で正式種目に決定!
伊調馨4連覇の歴史がはじまる

伊調選手も青森市八戸の道場でレスリングを始めた頃、ここに参加する子どもたちと同じように楽しみながら練習していたという

週末の2日間、2時間のトレーニングが「楽しくて仕方なかった」ことを懐かしそうに話すと、昔の思い出に浸りこんなエピソードも披露。「小学校1年生の時、準決勝での対戦相手が男の子だったんです。男の子というだけで抵抗があるのに、相手の顔がつぶれたジャガイモに見えて怖かった。それで『どうしよう』とパニックになって、自分で背中をついて故意にホールされました(笑)。実は翌年もつぶれたジャガイモ君とあたることになるんですが、その時は延長の末、私が勝ちましたね。そんな彼は、今の会社に同期入社しています(笑)

前人未踏の4連覇というトップアスリートが、自らホールされていた時代があったとは。何とも親近感の沸くエピソードに、シンポジウムを聴講している学生たちからも笑いが起こりました。

その後は姉・千春さんの背中を追いかけて、レスリングが強い学校へと進学。そんな折、2004年のアテネ五輪からレスリングが正式種目に決定します。しかし伊調選手は「アテネは出ずに、北京をめざそうと思っていました」と告白。その当時の自分の実力では間に合わないと思ったからなのだといいます。「選考会で通ったので、姉と一緒に金メダルをめざそうと思いました」と振り返ります。そこからというもの、伊調選手は負けなしの4連覇を達成し、歴史に金字塔を打ち立てました。

北京五輪では、自身の試合前日に「辞退してもいいと思った」

女性アスリートの心理を語る伊調選手。姉の千春さんとの二人三脚のエピソードを交えながらわかりやすく語った

当時の伊調選手にとって、目標でありモチベーションは常に姉の千春さんでした。アテネ五輪出場より「ふたりで金メダル」を合い言葉に練習に励む日々。強い想いで望んだ2度目となる北京での五輪でしたが、伊調選手は自身の試合が行われる前日に「辞退してもいいと思いました」と心境を吐露しています。

レスリングの試合は、体重別である階級毎に試合が開催されます。試合はライト級からスタートし、大会後半になるにつれヘビー級へと移行します。伊調選手は63kg級であり、千春さんは48kg級。伊調選手の試合前日に行われた48kg級の試合、千春さんは惜しくも決勝で敗戦し2大会連続の銀メダルとなってしまいます。

「何のためにレスリングをやっているんだろうって思いました。とにかくふたりで金メダルを獲ることだけを目標にやってきたので、緊張の糸が途切れてしまい、頑張ろうと思えませんでした と辛い胸の内を明かします。

ホテルに戻ってきた千春さんに励まされるものの、半ば自棄になり「どういう試合でもいいからとにかく勝てば」という気持ちで臨んだのだそう。今回のシンポジウムで伊調選手が女性アスリートの心理について語ったことは「男性アスリートは自分のために戦う選手が多いですが、女性アスリートは家族のため、誰かのために戦う人が多い。応援してくれる人たちを喜ばせようと一生懸命に取り組むがあまり、精神的に疲弊する選手もいる。家族や仲間が、ただ見守ってくれるだけで救われることもあります」と発言していました。

「金メダル」というプレッシャー。
気持ちを切り替えた2つの要素

知られざる伊調選手4連覇を支えた舞台裏を集まった約550人の職員・学生らに明かした。

北京五輪を最後に引退を表明した姉の千春さん。伊調選手の心情を余所に、世間では2連覇に沸き次はロンドンで3連覇と期待の声があがります。「『さぁ3連覇!』とはならなかったですね。満足感、やりきった感が強かったです」と当時の思いを話します。そんな時、カナダへの留学の話が舞い込んできます。

こうした2つの要素が重なり、伊調選手を4連覇へと押し上げていったのです。

「カナダへは、充電しようと姉とふたりで1年行きました。語学学校に通ったり、公園に座ってアイスクリームを食べたり、とにかくのんびり過ごせました。日本では、女子レスリングが金メダルを獲ることが当たり前になっているので、自分自身も『金メダル金メダル』と追い込んでしまい、日本にいることが窮屈になっていたんです。そんな時、カナダで出逢った方に『あなたは何でレスリングをやっているの? 好きでやっているんじゃないの?』と言葉をかけてもらったことで、ものすごく気持ちが楽になりました」。プレッシャーの中で向き合ってきた数年間。青森八戸時代、楽しさのあまり夢中になってレスリングを覚えた頃の想いを思い出させてくれたと言います。

カナダ帰国後、目標を探しあぐねていたとき、兄から男子の合宿に参加してはどうかという提案を受けた伊調選手。そこでの練習風景が、その後のロンドン五輪、リオ五輪に大きく影響していると分析します。

「ポイントが取れた、取られた。このことを理論的に説明しろという技術練習が斬新でした。それまでは経験値からの感覚だったり、本能的だったりしていた行動について、一つひとつ言葉にするという作業は、難しかったですが『面白いな〜レスリング!』というのびしろの発見にもつながりました」と笑顔を見せます。刺激を受け、初心者の気持ちになりワクワクしながら取り組んだと言う伊調選手。それは「好きだからレスリングをしているんでしょ?」とカナダで問われた答えでもあったのではないかと想像します。

「一番強かった選手は?」という質問に
伊調選手が出した答えとは

憧れのスター選手と共に過ごし、子どもたちはレスリングに対するそれぞれの思いを抱いたようだ

本学体育館で行った「レスリング体験会&強化練習会」。レスリング未経験の子どもたちにはレスリングの楽しさと共に、「レスリングは一人ではできないスポーツ。練習相手・対戦相手に感謝する気持ちを学んで欲しいと笑顔で語りかけました。基本動作を学ぶためのゲームや、レスリングの動きを学ぶタックルなど、遊びを通じてふれあいました。

また、府内のレスリング教室に通う小学生を対象にした強化練習会では、憧れのスター選手を前に子ども達も真剣な面持ちで練習に参加。伊調選手もタックルの技術を模範実技で教えるなど、力の入った指導となりました。

練習後、子どもたちからの質疑応答で8月にフランス・パリで行われた世界選手権に出場しなかった理由を訊かれた伊調選手は「自分の好きな選手の戦いを見て学ぶことも大切」と回答。「今は休憩しながら、世界の優れた選手たちの勉強をしていると気持ちを明かしました。

さらに「一番強かった選手は?」という質問が飛んでくると、伊調選手は少し考えてから「いないかなとまずはひと言。その理由として「誰が強いとか弱いではなく、結局は自分。自分との戦いが一番大切です」とアスリートとしての心構えを教えていました。

伊調選手が始めた頃は、女子レスリングは全体の1割程度の人口だったといい、「今は環境やサポートが整っていて羨ましいぐらい。それを活かせるかどうかは自分次第なので頑張って欲しいです」と、次代を担うアスリートたちにエールを送りました。

伊調馨選手のプロフィールはこちら