2017年10月4日

‘走りを科学する’とパフォーマンスに差!?
トップアスリートのトレーニングを体験

ひらめき☆ときめきサイエンス
〜ようこそ大学の研究室へ〜

大学内の石川研究室に招かれた高校生たちは、先生の解説に真剣な面持ちで聴講

運動機能の研究が専門の石川昌紀教授が、2017年8月5日、科研費のプログラム『ひらめき☆ときめきサイエンス〜ようこそ大学の研究室へ〜』を開催。スポーツに取り組む高校生たちを大体大の研究室に招き「走りを科学する。自分の筋骨格の特徴を調べ、短・長距離走能力アップ!」と題した授業を行いました。

先の「科研費」とは科学研究費助成事業のことであり、国の予算の中から独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)を通じ、研究者の自由な研究を支える資金提供のことをさします。その科研費の成果から生まれたプログラムが今回開催のイベントであり、研究者がどんな研究をし、どんな成果を生み出そうとしているのかを市民など多くの方に知ってもらうために実施しています。ちなみに大体大は、この科研費の獲得においてスポーツ科学分野で国内トップ10入りするほど研究が盛んな大学。スポーツ・体育の専門大学としてのハイパフォーマンスを研究し、科学的研究に裏付けられた知見を、実際の現場へと送り込んでいます。

身体能力の研究に特化した科学者が高校生たちに教える授業では初めて知る体の情報がいっぱい。座学と実習で、体とパフォーマンスの仕組みを学びました。

実習では大学の研究室だからこその高度で先進的な機器を用いた測定。超音波を使って筋肉や腱の長さや、足首の硬さを測るなど自分の体を知ることにはじまり、石川研究室が独自開発したトレッドミルではハイスピード動作の撮影などを実施。キック力や足圧なども測定することで自身のパフォーマンスを客観的に知る機会となりました。

理論を知ることで技術向上の“コツ”をつかみ、トレーニングで獲得できたかフィードバックし、試行錯誤!トップアスリートと自身のデータ比較やトップアスリートが行っているトレーニングを体験した高校生たちだけでなく、付き添いの先生や保護者まで、まさに目から鱗が落ちるといったように、真剣な面持ちで実習に取り組んでいました。

短距離は黒人選手に叶わないという誤解。
科学すれば日本人を強くする方法はある

トップスプリンターの体の数値と測定した自分の体の数値を比較してみるなど、新しい発見があったよう

この授業の日にも開催中であった「世界陸上ロンドン」。日本は男子400mリレーで3位に入り、世界選手権初となる銅メダルを獲得しました。優勝候補だったジャマイカはアンカーのボルト選手の負傷による途中棄権となりましたが、やはりボルト選手を有するジャマイカなど黒人選手の活躍は当然と受け止めて然りだと思います。これまで日本人が勝てなかったことに対し、茶の間で観戦していた我々は「黒人選手は体つきが違うから勝てるわけない」──そんな風に落胆してきた時代もありました。

本当に体格差により、スプリント競技で日本人は黒人選手に叶わないのでしょうか?それについて石川教授は「今はトレーニングしたら改善できることがわかってきた」と話します。

「たしかに黒人選手の筋肉を調べると、スプリント競技に向いている『速筋(そっきん)』が多く存在します。日本人の筋肉はそうでもない。じゃあ黒人選手には勝てないのか──違います。それは速筋のトレーニングの仕方がわからなかったからです。今は研究の成果によりトレーニングをすれば速筋が鍛えられることがわかってきました。だからトレーニングによりアジア圏の選手でも速くなるんです」と希望を覗かせます。「遺伝的先天性要因があることはもちろんですが、環境的後天性要因も大きく関係してくるんですよ」と解説。理論→実践→分析→実践という、エビデンスに基づいた背景を知った上でトレーニングをすることの大切さを語りました。

カンガルーは“お散歩”が苦手!?
歩くことが苦痛なのには科学的な理由がある

エコーを使って筋肉の長さや大きさ、アキレス腱の長さなどを測定。自分の筋肉や腱の状態を把握する授業

実習授業で参加した高校生たちが測定を行った「①脚の長さと太さ」「②腓腹筋(ひふくきん)の長さと太さ」「③アキレス腱の長さ」についての講義で、石川教授は「カンガルーって、いつもどんな風に動いているか想像してみてください。ピョンピョンと跳ねるように走りますよね。あの状態が一番“楽しそう”じゃないですか(笑)?カンガルーのカラダを科学すると、歩くことはしんどいはずなんです」といいます。

「動作などパフォーマンスは、筋肉の量、腱の長さ、骨の形や長さなどが大きく影響します。カンガルーの場合、アキレス腱という強力なバネが発達しているので、走っている時はエネルギーを使わずに移動できるんです。つまりそれが楽で最適ということであり特徴ということになります。同様の考えでヒトの身体を考えた場合、筋肉の量が多いとそれだけでエネルギーを消費するため、同じ運動した場合燃費が悪くなります。だから、東アフリカの長距離ランナーは脚が細く、短い筋と長い伸び縮みのし易いアキレス腱が特徴で、燃費の良い長距離走に向いた脚をしています。」と石川教授。

さらに、競技種目が変われば、骨格だけではなく筋肉量や長さ、バネの弾性も変わってくるといいます。「水泳選手は筋が長いのが特徴で、大きな可動範囲で力を発揮するのに有利になります。また、トランポリン選手では、アキレス腱のバネ作用をトランポリンのキャンバスで代用しているため、トランポリンのような不安定な状態でも力発揮や方向をコントロールできるように筋が長く、逆に腱が短い選手が多いのが特徴です。」と話します。

カンガルーが走ることが得意なように、自分がどんな骨格をしていて、どんな筋肉を持っていて、どんなバネを持っているのか。体を科学することで特徴がわかり、トレーニングで克服や強化ができるのです。

車と同じ時速43kmで走るウサイン・ボルト選手。
その速さの秘密を科学すると!?

高校生たちは、石川研究室で独自開発したトレッドミルでハイスピード動作を撮影。貴重な体験となった

「世界陸上ロンドン」のレースを最後に、世界的スーパースターであり「人類最速の男」と称されるウサイン・ボルト選手が引退しました。「世界陸上ベルリン」で打ち立てた100m走タイム9秒58のタイムは未だ打ち破られない記録です。

人類最速の男・ボルト選手の体やパフォーマンスはどうなっているのか、石川教授が解説しました。「100mをボルト選手のタイムで走るということは、トップスピードは一般道を走る車のスピードとほぼ同じ時速43kmぐらい。それだけでも相当速いことがイメージできることと思います。なぜそんな速さが出せるのかといえば、硬いアキレス腱のバネとそれを短時間で伸ばす力発揮がポイントになります。足が地面についている時間はわずか0.1秒。その1歩で、走り幅跳びのように高くジャンプすることなく2m50cm進んでいるんです。上下動なしにボルト選手はこの距離を出すことができます」と分析します。

ではどうしたら速く走ることができるのか──その解説をするにあたり、パラリンピックの義足スプリンターを例に出します。「選手たちの義足はカーボンでできていて、その硬さは選手一人ひとり違います。柔らかい義足を使う者、硬い義足を使う者、さまざまですが、それぞれどんな特性があると思いますか?」という質問を交えつつ答えとしては「ニュートンの公式通り、スタートダッシュは力の量、力積で決まり、柔らかい方が義足の接地時間を長くでき加速しやすくなります。けれども、トップスピードでは硬い義足の方が短時間で大きな力を発揮できるので、より高いスピードが出せる」といいます。つまり、健常なランナーは筋肉の硬さや関節の動きで脚の硬さを調整し、短時間で加速やトップスピードを出しやすい状態に脚のギアを調整しています。この両方ができたら速く走れる計算になるといいます。

「スタートダッシュはローギアで力強く、トップスピードではハイギアで筋肉を使って足首を硬くし反発させるバネのようにできたら速く走れるでしょうね。100m走とはスプリント能力を評価する競技。つまりトップスピードをいかに高めて走られるかかが勝負です。そのトップスピードへの到達は、スタートから50〜60mの地点。筋力を発揮し足首を硬め、体の弾性をうまく利用して走ることができたら」と話します。この理論の基、これまでトレーニングで高めることができないとされてきた身体能力を狙ってトレーニングすることができたらアスリートはさらなる進化を遂げることになるでしょう。

トップアスリートの体とパフォーマンスを科学することで見えてくるトレーニングのヒント。こうした知見を現役アスリートはもちろん、今回集まってくれた周辺の高校生など多くの方々へ還元することも、スポーツの可能性に貢献できるはずです。

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